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| 俺達が本当に欲しいのは、あんた(会社)がくれる物じゃない。 水の中を歩くような、体中にまとわりつく熱い感覚。 忙しい毎日の中で、忘れてしまいそうな あの感覚を、 何時でも取り戻せるように。 Dreamer401 管理人 401kun |
| No.304 | 2010/01/10(日) 23:56:50 |
| 匿名希望 | |
| 能力を使わず、体力をすり減らす | ![]() ![]() |
| 「残業の問題は『能力を使わず、体力をすり減らす』ことにある!」(2008/02/04) 吉越 浩一郎氏 吉越事務所代表 http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/yoshikoshi.cfm?i=20080122cv000cv&p=1 より 「MOTTAINAI」のように日本独特の美徳が世界共通語になるのは嬉しいことですが、その半面あまり喜べない例もあります。数年前から国際語になってしまったのが「KAROSHI」=「過労死」です。かつての「HARAKIRI(腹切り)」同様、過労死が日本人独特の死に方として国際社会に認知されるのは、極めて残念なことです。他国では切腹と同じくらい、“働き過ぎが原因で人が死ぬ”ことが奇異に感じられるのかもしれません。日本では長時間労働を労使ともにあまり疑問に感じることなく、従ってその結果として、「残業が当たり前」の労働環境が浸透してしまっていますが、この問題に手をつけることなく、増加する過労死の問題を解決しようとしても、無理があるのは自明の理といえます。 頭の使いすぎで死ぬ人はいない そもそも過労死はなぜ起こるのでしょうか。それは多くの日本企業でなかなか減少しない残業が、体力をどんどんすり減らすことと関係しているからです。無理な残業が続けば、誰だって体力が落ちてきます。となれば、週末はグッタリして体力を回復させることだけに終始してしまいますが、2日間でたまった疲れが完全に解消されることは難しく、日曜の夕方には、多くの人がいわゆる「サザエさん症候群」に陥ってしまうのです。どういうことかというと、趣味や家族との触れ合いなど、仕事以外のことで充実した週末を過ごし、気分転換を図るのとは程遠く、気力が充実するまでもなく、後ろ向きの気持ちのまま次の週に突入し、また残業で体力をすり減らしていくわけです。これではいつまでたっても、個人としても、組織としても、効率的な仕事の実現などあり得ませんし、過労死も減らないでしょう。 仕事をする力は右図の通り、「能力」「気力・意力・やる気」「体力」の3階層からなるピラミッドで成り立っていると考えます。最上階にある「能力」や中間層の「気力・意力・やる気」は、体力をベースに成り立っているため、体力が消耗すれば、質の高い仕事はできません。ですから仕事が終わらないからといって、遅くまで残業し、根性と気合いで片付けようにも、体力をすり減らしては十分な能力を発揮できるはずがないのです。そればかりか、さらに体力を無くしていくことになるので、残業は逆効果なのです。 外国のエグゼクティブたちが、どうしてあれほどまで熱心にジムに通い、体力強化に努めるかと言えば、そこまでやって初めて気力が充実し、就業時間における密度の濃い仕事、すなわち仕事のスピードを上げることができるからなのです。そのためにはワーキングタイムを決して漫然と過ごすことなく、常に頭をフル回転し続けて、その力を駆使する覚悟が必要になります。頭を使いすぎて過労死になった例を私は聞いたことがありませんが、どなたかご存知でしょうか? 手前味噌になりますが、社長を務めた前の会社で私は、時間をかけて残業を完全撤廃するとともに、その間に管理職の長期休暇取得を義務付けたり、本社オフィスの人員数を減らしたりしましたが、売上高を5倍にまで拡大させました。定められた就業時間内に、社員に徹底的に「頭を使う」習慣を身につけさせるための制度を導入するなどして、現実に仕事の密度を濃くしていくことは、やり方次第で十分可能だということを証明し実践したわけです。 本来「仕事」の対義語は「休み」ではなく、「遊び」であるべきなのです。そのためには体力が消耗していないことが前提であり、平日の夜のオフタイムや週末は「遊び」を充実させるべきです。「遊び」で気分転換が図れればこそ、翌日の「仕事」も前向きに取り組んでいけるでしょう。より長いスパンで考えて、若いうちから「遊び」を軽視せず、人生を楽しむ意識を持っていれば、定年退職後に「家に居場所がない」、「打ち込める趣味もない」、「会社を離れると友人もいない」などということには決してなりません。残業のように、頭をフル回転させることなく、体力に任せた仕事漬けの状態で、疲れ切っていることが問題なのです。いい加減日本人も「平日は限界まで働いて、週末はその疲れを取るために休む」という、実際はあまり機能していない幻想から覚めるべきです。本当に豊かな人生とは何か。日本人は問わなければいけない時期に来ていると思います。 そもそも「仕事」は、あくまでお金を稼ぐため、人生を楽しむためのツールです。言い換えれば人生における「ゲーム」のひとつにすぎません。その「ゲーム」である仕事が目的化して、のめり込んでしまうから、ヘトヘトになってしまうのです。大事なことは、ゲームを楽しみ、ゲームに勝つこと。そのくらいの冷めた目が必要だと思います。 |
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| No.303 | 2010/01/10(日) 23:42:07 |
| 匿名希望 | |
| 世界の奥行 | ![]() ![]() |
| 世界の奥行 田坂広志氏 多摩大学大学院教授 http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/tasaka.cfm?i=20091105df000df より 右目を閉じて世界を見る。 左目を閉じて世界を見る。 そのとき、 右目で見える世界と 左目で見える世界が、 違った形であることに気がつきます。 そして、 違った色であることに気がつきます。 わずか数センチ離れただけの 右目と左目でさえ、 見えている世界は、違う。 そうであるならば、 自分から見えている世界と 他人から見えている世界は どれほど違うのでしょうか。 その違いの大きさを思うとき、我々は、 そこに一つの逆説があることに、気がつきます。 右目と左目の世界が違うからこそ、 我々は、世界の奥行を知ることができる。 そして 自分と他人の世界が違うからこそ、 我々は、世界の深みを知ることができる。 その逆説に、気がつくのです。 2009年12月7日 |
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