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俺達が本当に欲しいのは、あんた(会社)がくれる物じゃない。
水の中を歩くような、体中にまとわりつく熱い感覚。
忙しい毎日の中で、忘れてしまいそうな あの感覚を、
何時でも取り戻せるように。

Dreamer401 管理人 401kun

 
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No.355 2010/09/02(木) 17:13:47
匿名希望  
個性という前に基礎を身に付けなさい
個性という前に基礎を身に付けなさい
http://www.j-cast.com/2010/07/26071070.html?p=2  より


今イチ元気がない、やる気に乏しい、といわれる若者に、今何が求められているのか――。
ベストセラー『女性の品格』の著者で昭和女子大学学長の坂東眞理子さんに、
創刊4周年を迎えたインターネットメディア「J-CASTニュース」
編集長大森千明がインタビューした。

大森 昔の大学生に比べて、変わったと感じるのはどんなところですか。

坂東 まず思い浮かぶのは、本を読まないことですね。
情報源はインターネットや携帯電話が中心で、活字よりも映像に関心があるので、
先生たちは授業でグラフや映像を活用しています。
それにしても、今の若者は基礎知識や情報量が少なく、驚かされることが多い。
身の回りの人間関係に気をつかうが、関心の範囲が狭い。
具体的には、海外に行きたいという若者が確実に減っていることです。
心地よい環境から足を踏み出したくないという気持ちの現れなのでしょうね。
外国に行けば病気になったり、最悪の場合テロに遭ったりするなど、何が起こるかわからない。
私が若い頃は、いつか海外に行きたいなあと思っていましたが、
今の若者は居心地の悪い海外で頑張ることに魅力を感じないようです。
外国に行くと、言葉が通じなかったり、バカにされたり、くやしく情けない経験を経て、
一回り大きくなるのですが。

大森 では、今の大学生の良いところは何ですか。

坂東 とても素直なところです。
親に反発することがなく、お父さん、お母さんともに仲良しです。

私たちの時代に、家族とは「乗り越えるべきもの」というイメージがありましたが、
今の若者にとって家族は、一緒にいて心地よい仲良しなのです。
心優しいという点も挙げられます。
障害を持っている学生を手助けしたり、地域の子どもの世話をしたり、
勉強の遅れている子どもに教えてあげたり、といったボランティア活動の参加を募ると、
たくさん集まってきます。
「格差社会」に押しつぶされる人たちにシンパシィ(共感)を持っているのです。

大森 それと、最近男の子は「草食系」。女の子が「肉食系」で強くて元気がいいと聞きます。

坂東 一つには、お母さんが男の子のほうを優遇して育てているからです。
女の子は手抜きになる分、のびのびと育ちます。
前の世代と違う生き方をするのはこわいが楽しい。
もう一つは男の子は既存の生き方が確立しているが女の子はそうでない。
中高生くらいの時に競争で負けると心が傷つく。
そんな理由で、優劣をつけず成績発表をしない学校が最近はあると聞きます。
大学受験で苦労させたくないからエスカレーター進学させたいという親と同じですね。
これじゃ「草食系」まっしぐらじゃないですか。
子どもの頃に「人生の不条理」と向き合わないとだめなんです

大森 そういった若者に何かアドバイスがありますか。
「品格」を身に付けるにはどうしたらいいですか。

坂東 まず、基礎を身に付けて欲しいと思います。
足元が固まっていないのに、「自分らしくありたい」「個性を発揮したい」
「オンリーワンになりたい」という若者がいますが、人
と同じことができるようになってから、自分らしさを付け加えるのが筋です。
古くさいとか、役に立たないとか、いろいろ言い訳を並べて、努力せずに、
自分らしさばかりを追求する。これは「品格」のない行為で、
見ていて痛々しいです。

大森 品格ある若者を育てるには、親はどうしたらいいでしょうか。

坂東 本人に苦労させ自分で成功する経験をもたせること。
私の経験では、苦労して成功した人ほど我が子を甘やかす傾向があります。
自分の苦労を子どもにさせたくない。
そういう思いが強いからでしょう。
日本は今、格差社会と言われていますが、
本当は豊かで、ある意味日本全体が成金状態の「一億総成金」です。
子どもに豊かにものを与えられる状況でも、
親が甘やかしたいという欲望をコントロールすることがとても大切です。
親の手元を離れるというのも一つの手だと思いますよ。
江戸時代、親は良い教育者になれないと考えられていたそうです。
それで、他家に奉公に出したのが良い例です。
今の若者も、大学に入る前に現実社会に触れ、
その結果ぜひ勉強したいと思ったら入学する方がいい。
英語圏では「ギャップイヤー」というシステムがあり、
大学に進学する前にボランティア活動をしたり、海外に行ったりします。

大森 「友達も持っているから」と言われると、つい買ってあげたくなってしまうものです。

坂東 私たちの時代は時間もお金も十分になかったので、
「よその家と同じことはできないの」と子どもも納得していましたが、
与えられる状況で与えないのは本当に難しいですよね。
でも、「よそはそうでも、うちは違う」と居直っていかないとダメだと思います。

大森 ある種の「挫折」も大事ですね。

坂東 努力してもできないこと、他人に負けてしまうことがあります。
それで人生すねちゃう人もいますが、じゃあ自分は何ができるだろう、
得意なことは何なのか、と考える。そして方向転換する。
それには、現実と向き合わなければなりません。
親や周りの人間がお膳立てするようではだめなのです。


坂東眞理子(ばんどう・まりこ)
昭和女子大学学長。1946年生まれ。
東京大学卒業。69年総理府入省。
内閣広報室参事官、男女共同参画室長、埼玉県副知事などを経て、
01年内閣府初代男女共同参画局長。
『女性の品格』『親の品格』がベストセラーとなる。近著に『錆びない生き方』。
 
No.350 2010/08/26(木) 23:34:14
管理者 匿名希望  
ネット社会が忘れた深い楽しみ
ネット社会が忘れた深い楽しみ
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/431156/ より


 インターネットはもはや電気・ガス、あるいは水道のように、
われわれにとってライフライン(生命線)となり、
毎日の生活を送る上でなくてはならないものになりつつある。
 メールで連絡を取り、資料を送る、
ホテルやレストランの予約をする、
地図や電車の乗り換え時刻を調べる、
電気製品のカタログを印刷する、
好きな音楽をダウンロードする、
旅行先の観光地情報を得る、
料理のレシピを見る、
上場企業の財務諸表を調べる、
政府の新成長戦略を調べるなど、
誰もがパソコンやケータイを用いて1日に何度もインターネットに接続している。

 そのインターネットに、メールやデジカメの写真など大量のデータを保存し、
簡単に検索して表示するサービスや、ブログやツイッターなど、
個人があることに関して意見や感想を述べることで情報交換を促進するサービス、
あるいは小説などを電子書籍で読むサービスが生まれ、
さらには個人が撮影した動画を全世界の人に見せるということさえ、小中学生でも可能な時代になった。

 その結果、何が起こりつつあるのか。

 インターネットにおける新たなサービスの登場で
社会やわれわれの生活にいろいろな変化が生じている。
その中でひとつの大きな変化は、われわれの時間単位が短くなったことだ。

 ブログで交換する文章は数行以内であり、ツイッターでは1行程度になる。
多くの人が頭に浮かんだ脈絡のない印象や感想をケータイで述べ合い、
とりとめもないつぶやきが延々と続く。
そこでは深く考えることより、瞬間的でインパクトのあるコメントを出す能力が重要だ。
因果関係をたどる論理は不要であり、それまでの流れとは無関係で脈絡のない、
しかし面白い話が珍重される。
何しろ1行で人を引きつけ、1行で話題を盛り上げなければならないのだ。
もはや時間は秒単位となる。

 ≪刹那的な「面白さ」だけ≫

 一方、動画を投稿し、情報交換するユーチューブやニコニコ動画では、
数分の動画を無数に見ることができる。
動物や人間の驚くべき得意技、普段見ることができない不思議な映像、
あるいはなんとも奇妙な創作動画など、
人間社会のとんでもない面白さが後から後から出てくる。
だが分単位の動画の最初の10秒が面白くなければ、
人はすぐに別の動画に移るのだ。
そして脈絡のない長い時間だけが過ぎ、気がつけば午前4時となる。

 インターネットの発達は明らかにわれわれの時間単位を大きく短縮し、
料理で言えばおいしいところだけをつまみ食いし、
歌で言えばサビの部分だけを楽しむ
刹那(せつな)的・瞬間的なライフスタイルをもたらした。
そのため、自分にとって有用な情報の判断基準は、
長い時間をかけて深く思慮する論理ではなくなり、
また、自分の五感を研ぎ澄ました感性でもなく、
インターネットで表示できる文字と画像だけからの新鮮さ、
奇抜さ、そして面白さだけとなる。

 だが、そうした刹那的・瞬間的面白さは表層的なものであり、すぐに消えてしまう。
するとまたそれを求めることになる。
毎日、1行程度のケータイメールを100通ほどやりとりし、
ツイッターで100のつぶやきを確認し、
家ではインターネットに数時間接続して楽しい数分動画を100ほど見るという生活をし始めると、
それを加速しなければ楽しさが減るという悪循環が始まり、
もはや覚醒(かくせい)剤と同じ状況に陥る。

 最近、若者の間では酒やタバコ、そして覚醒剤の使用が減少しているという報告があるが、
もしかするとケータイとインターネットという新たな
刹那的・瞬間的楽しみを与える道具の発達で、
昔の道具の必要性が少なくなったのかもしれない。

 ≪「昭和ライフ」の実践から≫

 いま必要なことは、われわれの社会には時間をかけた複雑で深い楽しみが沢山あり、
そうした楽しみを覚えなければ人生はすぐに退屈なものになってしまうということを理解しなければならない。
悠久の時間を感じる歴史、
自然のすばらしさを堪能できる科学、
人の心に共鳴を呼び起こして生きる喜びを教えてくれる芸術など、
人類が築きあげてきた偉大な遺産を深く学び、
秒や分で盛り上がるのではなく、
時間、日、そして週や月という単位で自分と向き合う生活を取り戻したい。

 先日、鎌倉で旨(うま)い酒と料理を楽しみながら友人たちと芸術や人生について語り合った。
エアコンを止め、戸を開けて涼風を入れ、
囲炉裏(いろり)の炭火で焼いたしいたけや地鶏を食べると、
仕事にインターネットは不可欠だが、
プライベートな時間は50年ぐらい前に戻るのがちょうどいいのかなと感じた。
自宅に光ファイバーがあるのは悩ましく、
アルコール抜きの休肝日を作ったり、
電気を消してキャンドルや暗闇で食事するように、
ケータイとインターネット無しで1日を過ごす「昭和ライフ」を実践し、
長い時間を取り戻したい。(同志社大学教授・三木光範)

 
No.341 2010/07/28(水) 21:42:11
匿名希望  
「マネすんな」
「マネすんな」 http://www.jmca.jp/column/honda/honda03.html より

岩倉 信弥(いわくら しんや)氏
創業者・本田宗一郎の薫陶を受け、ホンダ社のデザインの担い手となる。
大ヒット車「シビック」のデザイン担当。
日本の自動車デザイン界の第一人者。
「本田宗一郎にもっとも叱られた男」である。




1950年代の終わり頃、「ホンダスーパーカブC100(1958年)」が大ヒットした。
このオートバイは50ccのモペットタイプで、クラッチレバーがなく片手運転が出来るというので
重宝がられ、蕎麦屋の出前や新聞配達など、町の商店の間では大変な評判となる。
この成功を見て他社もこれに追随し、街中この手のバイクが走り回り、
Y社のカブ、S社のカブと呼ばれるようになった。

この頃ようやく日本にも、意匠権というものが意識されはじめ、係争の結果ホンダが勝利する。
当時のお金で数億円を、相手会社がホンダに支払う羽目となった。
が、社長の本田さんは、ホンダが創ったと分かればそれでよいとして、
お金を受け取らない決定をしたのである。
とらぬ狸を決めていた営業、生産、開発の重役は悔しがったと聞く。

翌朝の新聞はこれを大きく取り上げた。
これによって世間は、やはりホンダのオリジナルだったと知ることに。
本田さんの思い切った決断によって、かえってホンダの独創性が世に認められることになり、
同時に社内にも独創性の重要さが強く意識付けられたのである。

大戦後間もない食糧難の頃、奥さんの買出し用にと自転車に小さなエンジンを付けたホンダA型(1947年)、
その改良型の白いタンクと赤いエンジンのカブ号(1952年)、これらの開発が勝訴の決め手となった。

1964年に新入社員となった私たちは、良い会社に入ったという誇りと同時に、
真似は絶対にしてはならないという強い覚悟をもった。
定年を迎えるまで、その気持は変わらずにもち続けた。
今でも、本田さんの「マネすんな」という声が聞こえてきそうだ。
そして発売後46年経った2006年現在、スーパーカブは世界で累計5000万台の販売を記録し、
今もなお売れ続けている。

本田さんは夢を大切にした人。
苦しい経営状態の中、世界の最高峰であるイギリス、マン島のTTレース(Tourist Trophy race)に
挑戦し、世界一になる夢を実現しようと若い従業員に呼びかけた。
そして3年後の1961年、ついに完全優勝を果たし、
さらに2年後の1963年、ホンダは満を期して自動車産業に参入した。

私はそんな時、ホンダが発表した試作車「ホンダS500」を見て、
ホンダという会社に入る決心をしたのである。
入社した次の年の1965年には、自動車レースの頂点であるF1のメキシコグランプリで優勝を果した。
「こうなりたいと強く想えば、そうなれるんだ」、ということを身近に知ったのもこの頃である。
20代半ばの胸は大いに膨らんだ。

 
No.340 2010/07/28(水) 12:48:19
匿名希望  
「正業で頑張る」
「正業で頑張る」
http://www.jmca.jp/column/honda/honda01.html より

1991年夏、私は本田技研の取締役を拝命し、新任取締役の仲間3人とともに、
ホンダの創業者・本田宗一郎最高顧問(以下、本田さん)の、
八重洲にある本田事務所に就任のご挨拶に伺った。

丁度、日本のバブル経済が弾けようとする頃。
政治も経済も乱れに乱れ、世界中から日本への不信感が出始めていた。
本田さんは我々が席に着くやいなや、「おめでとう、これからも頑張ってくれよ」と穏やかな顔で。
そして「おれは幸福者だよ」と言われたあと、次のように続けられた。

ご夫婦でのヨーロッパ旅行の途中、
我々のために、それと静岡大学での会合のために奥さまを旅先に残され、
先にお一人で帰ってこられたとのこと。
旅行中は何処へ行っても、日本で起こっている様々な事件が話題となり、
ずいぶんと恥ずかしい思いをされたそうだ。
が、嬉しいことに、ホンダの評判は誰に聞いてもすこぶる良く、
ご自身もあちこちで鼻高々であったとか。

「それもこれも、みんな君たちのお陰だ。
私はなんにも言わないのに、誰も悪いことをしなかった。
まわりが博打のような大儲けしていても、みんなして「正業」で頑張ってくれた。
こんな嬉しいことはない」と涙を拭われた。

ずいぶんと長い間、いろんな場面で叱られ続けてきた。
こんな優しい本田さんは初めてである。

そして「正業」の「正しい」という言葉が心に残った。
その後の勉強で知ったのだが、お釈迦さまが「正しい」ことについて説いている中で、
「妄見(もうけん)を離れる」「顛倒(てんとう)を離れる」「極端を離れる」の三つ守ること、というのがある。
今流に言うと、「眩まされず、取り違えず、中庸を行け」となる。
当たり前のようだが、これで他人より抽んでるというのは、当たり前なことではない。 

事務所を辞そうという時、「頑張ってくれよ」と三人の手を順々に握ってくれた。
「頑張る」とは、頑固とか頑迷を張ること。
今どき流行らない言葉である。
が、本田さんが言われると、時を超えて素晴らしい響きをもつ。
凄い威力をいただいたと思った。

その数日あと本田さんは倒れられ、そして再び起きあがることなく一ヶ月あまり後に他界される。
私たちは、本田さんに祝っていただいた最後の取締役となってしまった。
バブル経済崩壊後の苦しい状況を乗り越えられたのも、
本田さんからいただいた「これからも、正業で頑張ってくれよ」の一言が、計り知れなく大きかった。

 
No.339 2010/07/27(火) 23:37:11
匿名希望  
英語公用語化「ばかな話」=ホンダ社長
英語公用語化「ばかな話」=ホンダ社長


「日本人が集まるここ日本で英語を使おうなんて、ばかな話」−。
ホンダの伊東孝紳社長は20日の記者会見で、
「グローバル企業として英語を社内の公用語にすべきでは」との質問に対し、
その可能性を一蹴(いっしゅう)した。

 衣料品店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングや楽天が、
英語を社内公用語にする方針を表明。
こうした動きに対し、伊東社長は
「英語が必要なやりとりは英語でやる。時と場合によって使い分ければいい」と強調した。

(2010/07/20-20:30)


このニュース なんか 胸の痞えが降りた気がしたのは
英語嫌いの 401だけでしょうか?

もっと 多くの方が反応するかと思ってみていたのですが
あまりこの発言に対する コラムとか批判が上がってこない事に不思議に思っています。
多くの方が 英語の力は認めつつも
実は 英語なんて嫌いって 401と同じように思っていたのではないかと期待しています。

http://research.news.livedoor.com/r/48876 にリサーチがあり

本日27日 23時現在
86%の方が 日本企業の英語公用語化について 納得できないと投票しています。
なんか、 嬉しいと思う 401です。

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